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ご祭神

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本社:猿田彦命(さるたひこのみこと)
   大己貴命(おおなむちのみこと)
   建御名方命(たけみなかたのみこと)

末社:稲荷神社 :宇迦御魂命(うかのみたまのみこと)
   皇産霊神社:高皇産霊命(たかみむすびのみこと)
         大山咋命 (おおやまくいのみこと)
   大鳥神社厳嶋神社
        :日本尊命 (やまとたけるのみこと)
         市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)

当神社のご祭神の猿田彦命は、神代の昔、天孫降臨の際、天つ神をお導きになり、また国土の開発を指導された神様で、古来物事のはじめに厄災を祓い、万事をいとよき方へお導きくださるとされ、開運招福、厄除、建築、開業、事業繁栄、五穀豊穣、交通安全、健康長寿などの神として、崇敬篤い神様です。
また、旧称の客人大権現は、花柳界をはじめ江戸市中から諸人愛敬、芸能上達、商売繁繁盛の神様として崇敬され、そのご由緒から子授けにも霊験あらたかと信仰を集めた神様です。

ご由緒

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 当神社のご祭神は猿田彦命で、合殿として大己貴命、建御名方命を奉祀します。当神社は渋江邑(むら)草創当初より伝わる古社で、霊験あらたかな社として近郷近在からも篤い崇敬を集めてきました。

 創建年代は詳らかではありませんが、旧別当(神社に付属する寺)清宝山観正寺が僧円覚によって延徳3年(1491)に建立されたといいますから、当社の創建はそれ以前のことと考えられます。

 「渋江」の地名は、応永5年(1398)の『葛西御厨田数注文写』に初見することから、当地の豪族であった葛西清重が平安末期に伊勢神宮に寄進した葛西厨33郷のひとつと推測されており、当社の創建もこの時代までさかのぼると思われます。

 古い申し伝えでは、清和天皇の御代貞観2年(860)庚申9月の鎮座なりとも、治承年間(1177~1180)には鎮座せりともいわれています。


 江戸期には「葛西の客人大権現」と称され、江戸市中の遊郭や水茶屋などからの参詣者で賑わいました。特に、六代将軍家宣公の御側室左京の局が当社の信仰によって七代家継公を授かってからいっそう万都の人気を呼び、江戸名所のひとつとして参詣人が絶えなかったといいます。文化文政から天保に至る時代には最も隆盛を極め、遠近より参詣するもの雲集したとのことであり、境内の鳥居、灯篭、手水舎等にそのおもかげを遺しています。

 客人の神は、もと越の白山より比叡の山に飛びうつられ給うたので「まろうど」大明神と称し、のち大権現にまつられた、とされており、日吉山王二十一社のひとつである客人社(日吉大社白山宮)との関係が想起されますが、同社を勧請した確かな記録は残っておりません。

 境内には樹齢数百年を経たる老松が鬱蒼としていましたが、大正中期に暴風雨や震災の被害を受けたため現存せず、代わりに、昭和の御大典を奉祝して植樹された銀杏の木々が今日の社叢(神社の森)の中心を成しています。

 明治初年には客人社、三社神社、澁江神社とも称されましたが、やがて白髭神社と社号を改めるとともに、明治5年(1872)社格を村社に列せられ、明治40年(1907)には神饌幣帛料供進神社に指定されました。終戦を経て、昭和29年(1954)東京都より宗教法人認可を受け、現在に至っています。

 社殿は嘉永元年(1848)のご造営で大正5年(1916)高欄を建設、さらに平成5年(1993)には瓦葺から銅板葺に改められました。また、末社は古くから境内に祀られていたものと大正年間に境外から移築したものが点在していましたが、平成21年(2009)に天皇陛下御在位20年を奉祝して現在地に改めて移改築するとともに、所縁のご祭神が奉祀されました。

 昭和40年(1965)の住居表示変更により、「渋江」の地名は四つ木一~三丁目、東四つ木一~四丁目、東立石三丁目に改められましたが、いまも渋江地区一帯の氏子の篤い崇敬により祭礼諸行事が賑やかに斎行されています。

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年中行事

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 1月 1日 歳旦祭
 1月20日 年番引継奉告祭
 2月初午日 末社 稲荷神社例祭
 5月20日 例祭
 6月15日 末社 皇産霊神社例祭 
 6月30日 夏越大祓式
 7月 7日 末社 嚴嶋神社例祭、七夕飾り
10月20日 中祭(秋季例祭)
11月一酉日 末社 大鳥神社例祭
12月31日 師走大祓式

   線の祭儀・行事には、氏子の皆さまにご参列・ご参加いただけます。

※各行事は日程を変更することがあり、境内の掲示板、トップページのお知らせでご案内いたします。

 

 

 

※古くは毎月二十日は客人大権現の月参りの日で「鎮守様の日」といわれました。これは、平安時代に起こって江戸時代まで続いていた「三十番神」の考え方に由来するものとされています。

 「三十番神」とは、一ヶ月三十日を毎日順番に交代して国を守るとされた三十柱の神さまのことで、客人権現は毎月二十日の守護神とされてきました。

※現在は毎月一日十五日に参拝者芳名簿を用意し、ご記帳いただいた方をご神前に奉告しております。
 

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